藤田まさと

藤田まさと

明治41年、川崎町細江(現在の牧之原市細江)に生まれた藤田まさと先生は、昭和57年8月、74歳でこの世を去るまでの半世紀、人の生き様、人生の浮き沈みといった日本人の心を揺さぶる詩を五線紙に添えてきました。

特に「旅笠道中」「妻恋道中」「流転」「大利根月夜」といった股旅・道中物は、まさに藤田作品の真髄であり、江戸情緒をたっぷりと歌い込んだ「明治一代女」、軍国歌謡の代表作「麦と兵隊」、終戦の陰で引揚船から降り立つ我が子を待つ、空しい母の姿を歌った「岸壁の母」などは、人の心をとらえて離さない日本人の歌にほかありません。

一方、藤田先生がふるさと榛原を想う心は、「榛原音頭」「榛原小唄」を生み、盆踊り、秋祭りにその昔を添え、郷土の後輩には、青少年の歩むべき道としての校歌を贈っていただきました。このように藤田まさと先生が歌謡界に燦然と輝く不滅の金字塔を打ち立てたその事実は、日本人の心の昭和史であるといっても過言ではありません。

このような藤田まさと先生の業績をたたえ、その作品を後世に伝えるとともに、地方文化の発展に寄与することを目的に、毎年「藤田まさと先生を偲ぶ歌の祭典カラオケコンクール」を開催しています。

藤田まさと 生涯年譜

出来事
明治41年 5月12日静岡県榛原郡川崎町(現:牧之原市)に生まれる。
大正7年 9歳。小学校3年を修了と同時に大連(旧満州)に渡る。大連では私塾「振東学社」に入り、恩師金子雪斎翁の最年少塾生となる。先輩同窓に緒方竹虎、中野正剛、長谷川竣、進藤一馬などがいる。
大正15年 大連商業を卒業。在学中は柔道、野球を得意とし、中等野球全国大会「甲子園」にも出場。のち明治大学へと進学。
昭和2年 ニーチェの研究者で哲学者の生田長江の弟子となる。
昭和3年 9月、明治大学を中退。日本ポリドール蓄音器株式会社に「野球」が縁で入社、文芸部に配属、外国解説文の翻訳にあたる。
昭和4年 社長命令で「ウエートレスの唄」を書き、創作活動にはいる。
昭和5年 処女詩集「太陽が雲の中で苦笑した話」を出版
昭和8年 小唄集「ボクの街」を出版
昭和10年 制作課長となる。「旅笠道中」「大江戸出世小唄」「お伝地獄の唄」「お駒恋姿」「明治一代女」などがヒットする。
昭和11年 文芸部制作部長兼専属芸術室長となる。
昭和13年 文芸顧問兼専属作詩家となり、11月「麦と兵隊」を発表。
昭和15年 戦争詩集「征旅の人々」を出版。
昭和16年 テイチク専属となり、19年に退社。21年、再度テイチクへ。そして、22年退社。22年から26年までポリドールにカムバック。その後、2年間をマーキュリーに。28年から31年まで三たびテイチクへ。一時、新ポリドールに籍を置き、34年から39年までテイチクで作品を書く。
昭和21年 東京タイムズの運動部嘱託記者となる。親友・サトウハチローの「『リンゴの唄』が大ヒットしても作家がむくわれないのは不合理だ」との話から、著作権問題と遭遇。大日本音楽著作権協会常務理事に就任。
昭和22年 2月22日、日本音楽著作衆組合を結成、委員長に堀内敬三氏をいただき、古賀政男氏とともに副委員長となる。
昭和26年 旧著作権法 第30条1項8号の撤廃運動に着手。
昭和29年 「岸壁の母」を発表、大ヒットとなる。
昭和30年 「親子船唄」「面影いずこ」を発表。
昭和35年 「お吉物語」を発表。
昭和36年 エッセイ集「歌謡散歩道」を出版。
昭和44年 紫綬褒章を受章。「落書散歩道」を記念出版。
昭和45年 「恋ひとすじ」「傷だらけの人生」が大ヒット。4月28日、念願の著作権法案は国会において可決成立し、翌年1月1日から「新著作権法」施行される。
昭和48年 日本音楽著作家連合会の会長に就任。
昭和52年 「父帰る」「灯りが欲しい」を発表。
昭和53年 勲三等瑞宝章を受章。「戯(ざれ)書散歩道」を出版。
昭和57年 日本音楽著作家連合、名誉会長となる。8月16日、心不全のため、東京・池上の島田総合病院において永眠。享年74歳。遺作品は二葉百合子「悲風千里」(キング)と東郷徂乃子「歳月の 祈り」(ポリドール)。菩提寺は静岡県榛原町細江の照国寺。
昭和57年 他界2年後「浪花節だよ人生は」が大ヒット。

藤田まさと 作品一覧

作品名(発表年) 作曲家/歌手(代表)
ウェートレスの唄(昭和4年) 福田蘭堂/四谷文子
街の流れ鳥(昭和8年) 出田栄一/渡辺光子
下田しぐれ(昭和10年) 森義八郎/東海林太郎
旅笠道中(昭和10年) 大村能章/東海林太郎
東海の顔役(昭和10年) 細田定雄/浅草〆香
大江戸出世小唄(昭和10年) 杵屋正一郎/高田浩吉
丹下左膳の唄(昭和10年) 阿部武雄/東海林太郎
博多小女郎浪枕(昭和10年) 大村能章/東海林太郎
道中数え唄(昭和10年) 大村能章/東海林太郎・浅草〆香
お駒恋姿(昭和10年) 大村能章/東海林太郎
明治一代女(昭和10年) 大村能章/新橋喜代三
島の流れ唄(昭和10年) 高橋敏夫/高田浩吉
銀幕(エクラン)ぶし(昭和11年) 山田栄一/田中絹代
江戸節めをと姿(昭和11年) 直川哲也/高田浩吉
姉妹の唄(昭和11年) 長津義司/結城道子・沢 雅子
暗い日曜日(昭和11年) セレス/東海林太郎
花嫁双六(昭和11年) 長津義司/橋本一郎・喜代丸
小町恋塚(昭和12年) 山田栄一/東海林太郎
恋ざんげ(昭和12年) 山下五朗/浅草〆香
ニ代目弥次喜多(昭和12年) 高橋敏夫/高田浩吉・浅草〆香
破れ草紙(昭和12年) 長津義司/東海林太郎
旅芸人の唄(昭和12年) 大村能章/東海林太郎
妻恋道中(昭和12年) 阿部武雄/上原 敏
初恋の丘(昭和12年) 長津義司/関 種子
初すがた(昭和12年) 山田栄一/東海林太郎
流転(昭和12年) 阿部武雄/上原 敏
流れ三味線(昭和12年) 長津義司/浅草〆香
夜嵐ざんげ(昭和12年) 阿部武雄/新橋喜代三
春琴抄(昭和12年) 山田栄一/高田浩吉
鴛鴦道中(昭和13年) 阿部武雄/上原 敏・青葉笙子
銃後だより(昭和13年) 三界稔/青葉笙子
麦と兵隊(昭和13年) 大村能章/東海林太郎
土と兵隊(昭和14年) 大村能章/東海林太郎
黄塵(昭和14年) 大村能章/東海林太郎
お半春姿(昭和14年) 大村能章/東海林太郎
花と兵隊(昭和14年) 宇佐不吟/東海林太郎
潮来夜船(昭和14年) 倉若晴生/北 廉太郎
築地明石町(昭和14年) 長津義司/東海林太郎
大利根月夜(昭和14年) 長津義司/田端義夫
あの夢この夢(昭和14年) 倉若晴生/伏見信子
残菊物語(昭和14年) 長津義司/東海林太郎
あこがれの町(昭和15年) 長津義司/伏見信子
唄祭浩吉節(昭和15年) 高橋虎之肋/高田浩吉
母と兵隊(昭和16年) 倉若晴生/田端義夫
軍国舞扇(昭和16年) 陸奥明/東海林太郎
折鶴道中(昭和21年) 阿部武雄/日本橋きみ栄
どぶろくの辰(昭和24年) 阿部武雄/東海林太郎
恋慕三味線(昭和24年) 阿部武雄/青葉笙子
飯場の月(昭和24年) 飯田景応/青葉笙子
薔薇物語(昭和25年) 舟尾勇雄/旭 輝子
恋はお荷物(昭和25年) 西出次郎/宮城まり子
男の夜曲(昭和26年) 舟尾勇雄/鶴田浩二
岸壁の母(昭和28年) 平川浪竜/菊池章子
親子船唄(昭和30年) 大久保徳二郎/田畑義夫・白鳥みづえ
面影いずこ(昭和30年) 福島正二/白根一男
お吉物語(昭和35年) 陸奥明/天津羽衣
恋ひとすじ(昭和45年) 猪俣公章/森 進一
傷だらけの人生(昭和45年) 吉田正/鶴田浩二
ある女の詩(昭和47年) 井上カツオ/美空ひばり
日陰者(昭和47年) 吉田正/鶴田浩二
旅鴉(昭和47年) 遠藤実/五木ひろし
裏通り(昭和47年) 遠藤実/五木ひろし
明日がある(昭和48年) 遠藤実/水前寺清子
羽田エア・ボート(昭和48年) 服部良一/日吉ミミ
浪花節だよ人生は(昭和51年) 四方章人/小野由起子
北海魂(昭和52年) 小川寛興/高田浩吉
あゝ富士(昭和52年) 中田喜直/ダーク・ダックス
灯りが欲しい(昭和52年) 遠藤実/五木ひろし
し・あ・わ・せ(昭和62年) 山本寛之/松山恵子

 

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